【書評】喋々喃々(ちょうちょうなんなん)|小川 糸を読んで

わたしの本棚

タイトルの喋々喃々(ちょうちょうなんなん)とは

男女が親しげに、情こまやかに話し合うさま。また、小声で楽しげに語り合うさま。

学研 四字熟語辞典

という意味があるようで本作にぴったりなタイトルといえます。
本作を読むまではこの言葉をわたしは知りませんでした。
読書の良いところは自分の知らない言葉に出逢えることも醍醐味の一つかもしれません。
本を読むことで自身の語彙力が高められたら言うことなしです。

舞台は谷根千の谷中

主人公は東京の下町 谷中でアンティークのきもの屋さんを営んで暮らしています。
春夏秋冬をとおして谷根千、近隣の湯島や日暮里、浅草、吉原といった場所のお店や名所の数々が本作では登場します。
ちょっとした観光本にもなりうるかと思います。
個人的にはよく知る地域が舞台の小説は日々の暮らしをさらに彩ってくれて楽しくなってきます。
本作では現在も実在するお店や名所がでてくるので尚更です。

小川 糸さんの世界

本作ではわたしの大好きな小川 糸さんの世界が満載です。
彼女の数々の作品同様、日常の暮らしぶりが一つ一つ丁寧にそして豊かに描かれています。
登場人物たちも愛すべき人々で呼び名もその人物の特徴をよくとらえており、この人々がさらに小川 糸さん独自の世界観を醸し出しています。
谷根千という地域特有の場所に住んでいる人々らしく、実際に実在するのではと思わされます。
ひょっとしたらモデルの方がいらっしゃっても不思議ではありませんね。

食べ物の描写が秀逸

糸さんに食べ物の描写をさせたらとびきりお腹が空いてきます。
本作で登場する数々のお料理は本当においしそうで思わず食べたくなりました。

私は、言われた通りに手づかみであなご寿司を口に入れる。舌にのせた瞬間、ふわりとほどけるようにあなごが口の中に広がった。柔らかくて、酢飯の爽やかな酸味とツメの甘さがたまらないおいしさだった。

喋々喃々より

食を大事にする方ならではの描写だと思います。

寺町文化

谷中は下町といってもお寺が多く、寺町の文化が色濃いです。

寺町(てらまち)とは、寺院が集中して配置された地域につけられる町名であり日本全国の都市に見られる。多くの城下町においては寺院や墓地を市街の外縁にまとめ、敵襲に際して防衛線とする意図があった。

ウィキペディアより

もともと江戸城の城下町の一つでもあったことからでも寺町文化は伺えます。
本作でも季節の行事の一つ一つが寺町ならではの伝統が色濃く反映されているように思いました。
たとえば谷根千ではないけれど浅草寺の酉の市で商売繁盛を願って買われる熊手のエピソードが最たるもので、実際わたしの好きなエピソードの一つです。

きもの事情

本作には季節や茶会などの機会ごとの多様な着物や帯が登場します。
着物に詳しくないわたしでも和装っていいなあと楽しめたので、お着物が好きな方にはたまらないかもしれません。
本作の主人公のように自分で着付けができたら、もっと気軽に和装も楽しめるのかもしれません。
ぜひとも着物を着て谷根千めぐりをなさるのもよいかと思います。
ただし長時間、草履で歩くのは足が痛くなるかもしれませんので、なんらかの対策は必要かもしれません。

登場人物たちそれぞれの事情

登場人物のそれぞれがある事情を抱えています。
その事情を知るとその人物の魅力が一層、引き立ちます。
リアルの人間社会そのものと一緒ですね。
むしろ、その人が抱えている事情を知ったからこそ情がわいたり、思いやりがこみあげてくることもあるのかもしれません。
これが人の持つぬくもりだとしたら小川 糸さんの作品では登場人物がとても素敵に描かれていることが多いのも頷けます。

主題は恋愛

本作はラブストーリーといっても性的な描写は少なく安心して読めました。
むしろラブストーリーというよりもヒューマンドラマといった方が正しいかもしれません。
この作品もNHKさんあたりで制作されているかもしれませんが映像化したら素敵だろうなと思いました。

まとめ

主人公は若いわりによくできた人です。
古風とも言えます。
それゆえ、幸せになってほしいと願いつつ、読了しました。わたしなどの若いころは未熟ゆえに振り返ると主人公のように成熟していなかったなと反省しきり。
最近の若い方々のほうが落ち着いていて、しっかりしているかもしれないなと思いました。
この歳になっていまさらですが主人公のように四季を楽しみながら日々の暮らしをもっと丁寧に豊かに暮らしていきたいと強く思いました。
そして本作をとおして益々、谷根千が好きになりました。
谷根千が好きでもそうじゃなくても本作に興味を持たれた方はぜひ読まれてみることをお薦めします。
小川 糸さんの作品が好きな方なら尚更、お薦めいたします。

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